尻上がり性

明日とか明後日とか、一週間後、一ヶ月後、一年後、自分や自分に関わる物事はもっとよくなるはずだという感覚がないと辛い気がする。

今自分は、音楽で関わっているバンドによってだいぶその感覚を抱かせてもらっている。仕事でも、能力的なところで向上している部分は感じるのだが、現職の人との関係性や空気感にはギスギスしか感じずやや辛いし、組織としての成長を共に喜べる環境ではないのが悲しい。

 

発展途上国に魅力を感じるのは、これからという雰囲気が存分にあるからだと思う。あとは物事が色々と未整理、ラフで、遊びの要素があるのではないかと勝手に思ってる点

 

 

上の文は22年9月に書いたものらしい。

最近、SNSで本を紹介するアカウントを見ていたが、その中で幸せとはこれからよくなるという期待があること、その期待が持続していることだ、というような旨を書いている本の投稿があった。一冊だけではなく、多分違う著者・本で、違う言い回しで同じ旨を書いているものがたまたま2回か3回ほど目に留まった。個人的には確かになぁ、と思うところがあり、メモがてら書いておくかとこのHPにアクセスしたが、自分がすでに同じようなことを書いていたから少しだけ驚いた。眉が動かないくらいの驚きだけど。

 

世の中の多くの人はその尻上がり性を、子供とかに見出している部分もある気がする。それは自分に尻上がり性を見出せなくなってしまったからというネガティブなところを纏っている場合も多いかもしれない。

自分もずっと尻上がり(のように思い込める)力を保って、かつ子供の成長にもその部分を楽しめるような感じだと一番いいだろうとは思う。