生活保護とか物欲

知人の音楽仲間が生活保護を受給し始めた。大体月15万円ほど貰えるらしい。いわゆる一般的な尺度で語られる幸福を得るには金銭的に心許ない。精神的にも、やや惨めな気持ちになり得るかも。特に結婚などは難しいだろう。

ただ、自分もどんどんと物質的な欲は無くなってきて、やりたいことって音楽とそれを通じた人との繋がりを増やしたいということくらいなんじゃないかと思うと、ありなのかなぁとよぎってしまう。

 

現状、それなりに小綺麗な家に住んで、自分史の中で相対的にだが、牛肉など買うのは抵抗あるが、まあ食いたいものも大体満足して食っている。服はそこまで興味ない。生活コスト的にはちょっと使っちゃったなってときで月15万くらい。特にこれ以上生活コスト上げる意味も見出せない。てなると、金より時間とかもっと自分が楽しめることに接したいな。

 

 

 

音楽が聴きたくなるとき

この3日は演奏続きだった。いずれもかなり良い音楽、というか自分が好きな雰囲気を持っている人たちが聴けて嬉しい楽しい反面、その人たちのエネルギーにあてられて、少し自分がぶれたり自信を無くしたりするような部分も感じている。

ただ、トータルとしてはかなり良い音楽的充電になったと思う。

リブで聞いたらてるは前からとても好きで音源をよく聞いていた。前に一度聴いた時もよかったのだが、結構抑え気味のテンションで内省的、また音源の再現に近いだ 印象だった。今回は特にギターの遊びの部分が多くて面白かった。ベースはわりとステディだが気の利いたフレーズとタイミング、あとなにより音色がめちゃくちゃいい。他の人もいいんだけど。ドラムは全体的に抑制した感じで叩いてたが、最後のフリー寄りのソロがすごかった。かなり期待を超えてきた。ああいうの聴いて、その場で全体を測りきれない捉えられない大きな、あるいは深い何かがあると感じられるとまた聴きたくなる。すぽいるも良かった。

 

ねほでは学生の人の友達が、冊子を作りたいみたいなことを言っていた。若い人たちのエネルギーに充てられる側になってきている。

 

税金関係のことを後伸ばしにする癖がある。

 

新しく仕事を獲得するための努力みたいなことを諭されるも、全くモチベーションが湧かない。極端に言えば他人事だからか。

そのへんの努力をしたところで如実に金銭的な報酬が変わるわけではないだろうし、そもそも忙しさの対価となるなら、そこまでいらないと考えている。

前の仕事のときには結構楽しかったのは自分が企画に携わったのと、近しい年齢や立場の人といっしょに仕事をしていたから、あとは周囲からのリスペクトや好意を持たれたいという欲求があったからのように思う。

 

スマホ脳を読む。前半は概ね、マルチタスクやメール、SNSなど気が散る要素が詰まったスマホによって、集中力や記憶力が減退すると言う話。そう思う。SNSの制限アプリを入れてみた。

 

文章というほどのもんでもないが、こうして自分の考えを文字にしていくだけでも大分ここ最近持てていない内省的な時間に向き合えている感じがある。

久々に近所のセッションに行った。

コンピングのバリエーションしょぼい気がする。左手の二つ三つ打ち、三連二泊三連ベースでのコンビネーション、ちょっとしたフィル

 

あとそれなりに思っていることを歌うためのシングル、ダブルの基礎がやっぱり不足している。特に音量

 

ボサは結構良い感じでできていると思う。

ホストの誘いがあったが、断ってしまった。

家に帰って飯食ってそのまま寝てしまった。

 

 

たき氏が愛知へ。わりと近しい関係の人として、いろいろと音楽をガイドしてくれたり練習に付き合ってもらっていたので、中々寂しさはある。ただ、以前から話は聞いていたので、都内で最後に会う日はそこまで気持ちが動揺することはなかった。

 

さささんは明け方くらいからバイトしているらしい。大変だが、明るい人なのでそういう悲壮感みたいなのはない。家庭も持っているし。

 

今年はもうちょう主体的に人を巻き込んだり、場所を作っていきたい気持ちがある。

てっとりばやいところで、水スタジオでなにか企画などやろうかなぁ?

 

 

松本が不倫だかをしたとかの話、全然興味ないな。

 

夢を見た。プロの演奏現場に自分が混ざってるみたいな状況。ビックバンドではないがそこそこの大人数だった。最初の簡単な音出し、サウンドチェックの際に、バスドラムを大きな音で踏めなくて一人から何やってんだよと怒られた。その後に別のもう一人が、まぁ最終的には石川さんがやるからそんなもんでいいよと怒っていた人物に言った、というようなところで目が覚めた。なんか嫌な夢だったな。石川はたまの人のことで、たまたま前日に動画を見たからだと思う。夢の中では、石川もうまいというより、蔑まれたような言い方をされていた。

最近、仕事場のチャイニーズ上長から理不尽にも思えることでくどい感じで怒られることが多いが、その流れを汲んでいる夢の気がする。

 

ラインのオープンチャットで在日外国人が仕事を探す場所があって何となく中を見ていたが、工場関係の求人条件を見ると、やっぱりどうしても奴隷的な物を連想してしまう。

 

 

スタジオからの帰り道、家の近所で倒れている人がいた。六十は過ぎているであろう男性。酔っ払いが寝ている光景はちらほら見かける地域なので、その感じかなぁと思い一度は通り過ぎたが、そういう雰囲気でもなさそうなので、戻って大丈夫ですが声をかけてみた。

歩いてたらなんか倒れちゃって起き上がれなくて、という。目元は転んだ時の擦り傷で少し出血していた。若干ろれつも回っていない。

救急車を呼ぶかとたずねたが、とりあえず抱えて立たせてほしいというので、脇をもって手伝ってあげた。家は近所らしく、その近くまで付き添ったが、何とか歩けるようになったので、ここで大丈夫というので、その場を離れた。

少し心配になって、また後から様子を伺いに戻ってみると、きた道を逆行していたのがちらっと見えた。一度別れた手前、また声を掛けるのも仰々しいかと思い、それ以上は関わらなかった。

この自分の行動には多少の善意というのも含まれているだろう。ただ、誘引として強く自覚したのは非日常の体験や未知に遭遇した面白さかもしれない。全く引け目なしに、むしろありがたがれる立場で、普段と違うことができるのだからそれは面白いだろう、みたいなことかな。

結果としてはじいさんの身体を引っ張り上げた

だけのことなのだけど。

 

 

背広や電車が気に食わないし、人に何か評価されたり管理されたりどうのこうの言われるのも嫌だなぁと思う。少なくともそれを今後ずっと続けていくっていうのは考えられない。

自営のある種の自由さに述べたページとして下記があった。

http://www.cheesemarket.jp/index2.html

 

諸々の生活費、ランニングコストをまかなうため、妥協できる仕事で最低の金銭はカバーしつつ、

自分が面白いと思えることに時間を割いていけるようにしたいとどんどんと思う。最終的には後者だけでいけるような。

FOBなら自分でもいけるんじゃないかなぁ。

 

 

リハだったのたが、まあ楽しい半分、悲しさ半分な気持ち。悲しさは自分や周りの能力に今天井が見えているから。そこを破りたい。